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brance beansー痛い過去と新しい今へー

主人公ノブちゃんが痛い過去と向き合い今を創造していく過程です。本当は面倒くさい人間なのを、隠すのではなくて公開して向き合っていこうという企画です。

「あんな低俗な場所では生きてはいけないよ・・・」

 自分たちを高尚だと思っている人が苦手だ。人に歩み寄ろうと少しもせず、自分の知っている世界だけで全てを判断し、自分と教祖たちこそが一番だと思っている。どんなに空間が澄んでいたってお前のような優しさの欠片も無い人間が世界を変えるなんて私は微塵も信じていないよ。

 

 かといって、今日足を運んだ場所は、低俗すぎて胸の奥からウジ虫がゾワゾワとはいだしてくるような気持がした。調子に乗ったアナウンサー、気味の悪い演技、こんなところでは生きてはいけない。(さらに悪いことには、彼らは自分たちのことを低俗だなんておそらく思っていない。その可能性に対する自覚もあって、敢えてその道を神聖なるものとして選択しているのではなく、「考えたこともない」という部類。)

 

 高尚といわれる場所にも居場所がない、低俗と感じる場所にも居場所がない

 それでは私はどのあたりに居たらいいのかな?

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 ただ、35年間生きてきてしまったから、こんなときにどうしたらいかというコツだけはようやく掴めてきたんです。

 こんなときに大事なのはね、「自分を責めないこと」。

 自分を諦めないこと。自分の感じ方を、自分で非難しない。 

 こんなときに自分を責めて責めて責めまくって、すなわち同時に他の世界とそこにいる人たちのことも責めて責めて責めまくって、どちらも傷つけてズタボロにして生きてきたんです。

 

 こんなときは、自分自身を大切に満たす場所へ行って、丁寧に傷を回復させる。

 それが「善処」というものです。

 

 自分を責めていないと、なんかヒマで、ぽっかり穴が空いて、その空いた穴の中で、なにをしていいかがわからないんです。だから不安で、心配で、またその穴の中を自己否定で埋めたくなるのですけど。

 

 自己肯定を許してあげれば、例の高尚と本人たちが思っているところも、件の低俗で居られないようなところも、存在を許すことが出来る。

 

 それが理想の「大人」ってやつ。

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 高尚だから嫌なのではない、そこに自らの弱さを隠すから嫌なんだ。

 低俗だから嫌なのではない、そこに真実がないから嫌なんだ。

 ガラが悪くても心の繋がりがある方を選ぶ。お上品な嘘つきはくそくらえ。

 かといってせっかくガラが悪くても、心の繋がりなんてひとつもない場合もある。

 どちらも見た目だけではわからんのよ。

分裂の仕組み

 爪にジェルネイルの加工をしながら鳩子はふいに目を逸らした。横では色とりどりのラメとスワロフスキー風ガラス細工で加工されたストラップが、ブーン、ブーンと振動している。繋がるスマートフォンには、「着信:下着屋」との表示。いまは、右手の爪をLEDライトの下に入れて固めている最中なので出ることができない。かろうじて残された左手で、通話ボタンを押しハンズフリー機能に切り替える。

「ーーーもしもし、鳩子さんですか?」

 丁寧な声で下着屋は言う。

「さっきのことなんですが、ぜんぶ、間違いなんです。僕は・・・」

僕は。

なんだというのか。

 

話は昨日に遡る。 

 

 鳩子は三軒茶屋のコールセンターで働く派遣OL。下着は締め付けない、ここ数年流行している「ふんどし型」のパンツと決めていた。「男は行為の時に、女性の下着なんてそんなに見ていない」というのが、千葉の田舎から上京したのち、大学に入り社会人になった25歳の彼女の覚えたことだった。もちろん「そんなに」見ていないというだけで、全く見ていないわけではない。

 

 付き合って1年ほどになる志多木とは、合コンで出会った。正社員の就職にありつかず、敢えて派遣のOLとしての道を選んだ彼女にとって、男性に求めるものはなんといっても柔軟性であった。一昔前のように、「安定」や「男らしさ」って、わからない、と感じていた。どんなに計画を綿密に立てたって、核戦争や大地震でも起きれば一瞬ですべてが無くなる時代。そしてそれはかつての、我々の親世代のいう「1999年のノストラダムスの大予言」のような漠然としたものではなく、戦争や自然災害というリアルなものだ。

”どうしてこの世には男なんているんだろう?”

 男なんていなければ人類は繁栄せずに済んだ。あんな空気も読めない、頭も悪い生き物この世にいなければどんなに楽だろう。

 男なんてすべて騙して生きてやる。自分に出来ることはそれだけだ。あんな阿呆どもぶっ殺してやる。そのために私は可愛くもするしおしゃれもするしキレイにもする。それもこれもあいつらを騙すだめだ。

 女ばかりの世界なら、男を巡った争いは少なくとも無くなるし、穏やか嫋かで、どんなに理想的であろうか。あんなやつらがいなければ、この世は平和だったのに。

 

 夕焼けの栩原銀座はくるみの出勤の時間だった。1人暮らしの家からは、徒歩で10分、電車で1分。この道をオシャレして出勤するのが好きだ。働いている、という気持になる。勤務3ヶ月目となる今月は、皆勤賞と同伴賞の2つの賞をにもらった。くるみは自信をつけていた。オリジン弁当のアルバイトを1日で辞めた私だが、適正のある仕事であればこんなにも働けるのだ、と。

 

 店に早めに到着して、カランというベルの音をたてながら重めのドアを押し開けると、視界の真向かい40メートルほど先の客席に座りひとみちゃんが細い背中でさめざめと泣いていた。横には店長がいる。私が思ったよりも早く出勤したことが想定外だったのだろう、男である店長は女の私からみれば、とてもわかりやすく目を丸くして彼女の側から離れカウンターの奥へ入っていった。勤務開始前の彼はまだネクタイをつけておらず、ワイシャツのボタンも上から3番目くらいまで外していてとてもセクシーだ。

「ひとみちゃん、どうしたの」

 義務的に声はかけるが内心面倒だなと思っているのが滲みでないように、くるみは極力優しい声色を出したつもりだった。当然ひとみちゃんは、困ったような笑顔でこう答える。

「ううん、なんでもないよ。」

 

 

 

 酒は好きだった。いくらでも飲めるし、吐くことも少なかった。酒は考えすぎる彼女の強い味方だった。地に足がついているくるみを適度に楽にさせてくれる酒は、仕事においても最高のパートナー。天職だ、彼女は狭い田舎と小さな頭でそう考えた。

 男たちを騙す女の自分が可愛くて好きで仕方がない。若い肉体と顔はまるでお人形のようだし、鏡に映るとうっとりする。モデル体型などではないが、日本人受けする外観だとくるみは自分で思っていた。自分自身を愛している人間というのは、その認識が他者から見て正解であり不正解であり、根拠もなくそれなりに人気を博するものだ。

 

 

 くるみがこの、神奈川の田舎にあるキャバクラ『ステップアップ』に面接にきたのは、約4ヶ月前。大学3年生である彼女は一人暮らしも3年目であった。2000年始めの世相として、「壊れていくもの」が多く感じられた。

 

神経症か、ガラじゃないよ

 せっかくフォト柴田さんにプロフィール写真を撮っていただいたのに、FACEBOOKでドーンとフィードに上がるのを避けてしまった。誰も私になんて注目していないのに、何か記事を上げるとログインしている人のすべてがこちらを見ているような気持ちになる。自意識過剰だとわかっているんだけど、SNSに対してはそういう心持ちにいつしかなってしまった。

 

 服が、keiko koma celectionであるということもまたドーンとするのにためらうのかもしれない。去年はなにも考えずにドーンと出したけど、今年は・・・とても卑屈な私がいる。イイネがつかなかったらどうしよう、とか、私なんかがこのブランド着ていたら魂のキレイなkeiko komaファンは嫌な気持ちになる、いじわるな気持ちにすらなるかもしれない、など、我ながらいらんことばかり思いに思ってドーンとできずにひっそりと更新した。

 

 しかし私ってこんなに面倒な性格だったっけ?

 

 ながお のぶこ

想像以上の頑固者

 このブログ。どこまでもどこまでも、自分のこと、自分のこと、自分のこと、自分のこと。明日も明後日も自分のこと。次も次も次も…

 自分の中の「奴隷」、自分の中の「貧乏な心」、そんなもの全てが炙り出される機会があって、もう逃げられないな、なんて思います。

 あともう一つ、私は私をわかっていなかったことがありまして。

 「理解力」あると思ってたんですが、どうもこれが、自分で思っていたよりも無い。

 どんなときにそう感じるかというと、「誰かの言っていることがわからないとき」です。「わかったフリ」をします。だから余計にわからなくなってこじらせていくの。

 そして「なぜわからないのか」というと。書きながら気付いたのですが、さっきの「理解力がない」は嘘ですね。

 ズバリ「変わりたくないから」なんだなと、胸の宝物(と勘違いしていたゴミ)をいつまでもいつまでも握りしめていたいからに違いないよな、と、台風で雨風の凄まじい窓辺にて、一人ガクブルしながら気付きを体感しています。

 

-なぜ変わりたくないのか。-

 このテーマは深すぎて探究しきれるか心配です。

「なぜ変わりたくないのか。」

  「素直さ」を取り柄として生きてきたはずなのに、肝心なところで全く素直に人の話が聞けないんです。そしてまた「わかったフリ」。これは根強い。

 はたまた、「取り違え」。わざわざ真実とは違うようにわざと受け止めて、違った方向に努力して自分を苦しめてみたりするの

なぜそんなことをするの?答えは簡単。「幸せになりたくないから」でございます。

ではどうして幸せになりたくないのでしょうか?これも答えは簡単。

「幸せになったら、誰も助けてくれなくなる」からでございます。

ハァ?!なんだその思い込み!どこでそうなった?

 

 

幸せになったら、誰も助けてくれなくなる。-

 

 予期せず自分の中から登場した言葉です…。


「幸せになったら、誰も助けてくれなくなる。」

え、これって、真実じゃないですよね?

誰かに真の意味で助けられて支えられているからこそ、幸せなんですよね?

なんだかでっかい、「思い違い」を、しっかりと握りしめちゃってますね。

本当に「自分のかたくなな部分」にアプローチするような内容は、脳の理解速度が通常の半分以下になります。(笑)


相手の優しさや愛は感じるんだけど、言葉の真意が、つかめない。どういうことだ

何に気付けばよいんだろう?
まだまだ「変わりたくない」を握りしめている私の視界には、
点線で描かれたような「気付くべき事柄」がぼんやりとしか見えず、気を抜くとやり過ごしてしまいそう

現実を生きるためにこれまでどれだけ、わからないことをわかったフリして前のめりに生きてきたことか。
スカッスカッと空気を掴む音ばかりが響く。
フリでは実際なにも掴めていないのよ。

 

 自分へのネグレクトを自分にし続けていては。理由も言い訳になってしまうね。

 

 ながお のぶこ

自分を伝える

 圧倒的に自分自身を誰かに晒していく作業が足りないので、二次小説を書いて友人に見せたりして鍛えている。15年くらい前すごい勢いで漫画を書いていた時期があって、その時はちょうど青森から東京へ出たころだった。その後、バンド活動や詩による表現活動、SNSによる出会いなども経験したが、「必死で自分を守っている」とある芸術家から言われたことを覚えている。当時意味がわからなかった。

 私は自分で自分を守らなければならないほど弱い存在ではない。と当時思った。少なくとも35歳のいまはそうであるときっぱり言い切りたいけれども、本当はもっと近い人間に弱みを晒したり、悩みを相談できるようになりたい。

 (つまりはあの芸術家の言っていたことは当たっていた。)

そのためには、まだまだ晒せる強さが必要で、できることがある。

  美しい言葉や美しい表現は好きですが、空っぽで嘘つきだと嫌いです。自らの弱さを受け入れたときに人は強くなる。私はまだまだ気付くと目を逸らしてばかり。

 

ながお のぶこ

オタク

「のびぃ!幽白文庫版7巻の表紙が鴉だよ!!」と何年も会っていないのに当時わざわざ連絡をくれた、現存する唯一のオタク友達であるAちゃん。彼女と先日池袋でお茶をした。私が唯一鴉について全力で話せる友達であり、大学生のころに仲良くなった。

 「・・・で、鴉の一連の発言については、どう考えているの?」と、この2016年の今日に真剣に問いかけてくれるAちゃんを目の前に爆笑した。時空を超えて、当時のことも私のこともわかった上でこのように語りかけてくれる人は世界中で彼女以外ない。この質問は、蔵馬には元気でしあわせであってほしいという願い、愛が広がる世の中であってほしいという志を持つ私に対して、何故あの猟奇的なキャラクターを、それも小学校という若いときから好きなのかを問いかける。

 私はとにかく、性癖や精神の歪みは、先祖代々の業であったり生育歴によるものであったりするので鴉本人が悪いわけではないのだという意味のことを語ったのだが、語りながら結局はただ単にビジュアルが好みなことが大きいと気付いていた。玄武のような外観だったら、おそらく20年も愛したりはしない。

 

※玄武

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幽☆遊☆白書 霊界探偵・暗黒武術会編 - 【通販専門店 カードショップ アヴァロン】

 

 このように鴉が大本命な私なのだが、メインキャラ4人が並んでいたりする絵をみても、とても胸が痛く切なくなる。とても寂しくなる。当時急に連載が終わってしまったからだろうか?何か大きな忘れ物をしてきてしまったような、大切なものを置き去りにしたまま時間だけ過ぎてしまったような、そんな気持ちになる。

 幽遊白書は深い。

 

 ついでにAちゃんと盛り上がった話題として、インターネットが広がる以前のほんの数年間の同人誌通販や文通事情があった。「同人封筒NG」とか「ペーパー詰め込み大歓迎」とか「定額小為替は透けないように」というワードは、ほんの5年くらいの間の住人にしか通じないのではないだろうか。結局自分のどこにもやり場のない情熱だけが燃え盛り、苦しい話題ではある。

 

 ながお のぶこ