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brance beansー痛い過去と新しい今へー

主人公ノブちゃんが痛い過去と向き合い今を創造していく過程です。本当は面倒くさい人間なのを、隠すのではなくて公開して向き合っていこうという企画です。

『地星座は本当にイケメン好きなのかを検証する』

ameblo.jp

 

なんか真面目であることに疲れてしまって。(笑)

どうしたら、人と仲良くなれるかなーーー

私の素質でに提供できることってなんだろう!!!

って考えた結果、

普段から割と「人に爆笑してもらうことが好き」だったり

「あぁ、こんなにオモロイこと、1人で味わうのもったいないなぁ」と感じる場面が多いことに思い当たり、

「塾らしさ」からはますます遠ざかるものの、思い切って記事にしてみました。(笑)

 

 

アメブロのほうは、お気に入りのブロガーさんにアメブロユーザーさんが多いので、イイネ!つけたりコメントをつけたり、自分のページはメモ代わりに使ったりしているのですが、

 

今回内容がしょうもなさすぎて、こっちに転載する気にならず、リンクで繋いでみました。(笑)

「凡人で恥ずかしい」というキスマーク

 <前回までのあらすじ>

 神からお告げがあり、仕事のブログと個人のブログを分けようと思う私。しかし・・・?

 

 こんにちは。

 あんまりまだイメージが湧きませんのですが、放置になるのも嫌なので、更新はしていきます。なぜこんな深夜に・・・

 

 ここのところ、星占術や数秘を軽く調べてみて、わかったことがあるのです。

それは、「私は凡人だったんだな」ということであります。

 

 育てられ方と、ノリやすい性格がマッチしてしまい、私は私のことをどこかで、「選ばれた特別な人間」くらいに思い込んでいたのであります。

 

 でも、星占術でも、特別なにかすごいホロスコープではないし、

数秘術でも、時代を切り開くゾロ目があったりとか、しないんですよ。

 私はこれを「そんなわけない、偶然や、当たらない」とは捉えません。

 私は凡人だった。

 

 それに気付かずに独りよがりに「自分は天才、周りがわからないだけ・・・」と思い込んでいるために、誰も声をかけられないような、これまでの人生だったのだと振り返ります。

 

 あぁ恥ずかしい。

 だけど「大きな詰まりの原因が、わかっちゃったもんね」という「しめしめ感」もあります。

 

 みなさんはこのようなことにはならないとは思いますが、いくつになっても、「思い込みによる認識と本性のずれ」には、くれぐれもお気を付けください。えへへ。

 

 まだ、この件に関しては「病み上がり」状態でございます。

 風邪でいえば、熱は下がったけど鼻をすすってグジュグジュしている状態。

 怪我であれば、まだ少し痛む(かっこいいわ)状態。

 

 しかし確実に、回復へ向かっているのです。

 一人ぼっちで向き合うのは、これに気付くためだったんちゃうかな。

 誰かといると、私には「なんか特別に持ち上げてあげたいオーラ」がなきにしもあらずらしく、ついついそれをしてくれる人を引き寄せて悦に浸ってしまうからね。

  

 割と救いようのない病だったのね・・・

 しかも周りは、ツッコミようもないというところが、気付きを遅らせるという。

 

 ながお のぶこ

「ちゃんと、塾のブログと、個人のブログを分けよ②」

おまけに個人ブログのタイトルまで示唆してもらいました。(夢で神に)

わたしの一番好きな食べ物は枝豆です。小学校の頃から変わりません。

20代のころのサークル名は「えだまめ」でしたし、HPタイトルは「えだまめぐれいと」でした。

 

神「かつての『えだまめ』だともう、大人っぽくないので、 "branch beans"はどうじゃ」

私「ブランチ・・・神様、『えだまめ』は、英語で"green soy beans"です。その枝は違います。和製英語にもほどがあります。」

神(スーーー・・・と、足から消えていく)

私「か、神様!」

 

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考えておきます。

「ちゃんと、塾のブログと、個人のブログを分けよ」

 夢で見ました(゚д゚ )

神「自分個人の話をするブログと、塾として運営するブログとを分けよ」

私「えぇっ。」

神「いちおう、リアル社会でお前に会った上で塾に興味を持ったり、お客さんづてに検索してきた方が、いまのブログを見たらどん引きするであろう」

私「たしかに・・・」

 

 ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 たしかに。常に『「自分⇒パートナーなどの親しい相手⇒それ以外の世界」の順番に、言いたいことや本音は伝えていくべし。拡大の順番を間違わないように』とブログ講座などでも聞いてきたのに、パートナーがいないもんだから、直・ブログにという構造になっているので、ビジネス(公)の顔と一緒になるのはちょっと問題ですね。

 

 神様、考えておきます。

【シェア記事】『「小さい頃なりたかったもの」が意味するもの。』

ameblo.jp

シェア記事です。

 

 筆者さんは、「亜美ちゃん」がお好きだったと書かれていて、ギクリとしたんですよ。

 

 大人になってから、実写版セーラームーンが日曜朝あたりに放送されていて、私は神奈川で同棲生活中だったんですが、彼には「セーラーヴィーナス、美奈子が好きだ」と言っていたんです。大人っぽいしかわいいので、と。

 

 でもいまこうして実家に戻り、本当の自分というか、自分でも忘れようとしていた自分に思い当たったんですよ。

 

 私は・・・私は・・・

小学校5年生くらいだったと思うんですが、

オカマで悪役のゾイサイトを、だんとつで一番好きだったんです。

 

 

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えええええぇぇぇ・・・・・・・・・・

そんなの、大人になった私の理想とする私ではないんですが・・・・・・・・・・・

 

 いや、この画像は2014年バージョンのものなので、たぶんオカマではないんだと思います。新しいセーラームーンは観ていないのでわからないんですが。わたしが好きだったかつての彼より、なんぼかエグさが少ないんですよ。

 

 かつての画像も探して、ネット上にたくさんありましたが、エグすぎて掲載する気になりませんでした。

 

☆私の理想とする私☆

⇒普通

⇒浮かない

⇒可愛い

⇒浮かない

⇒普通

 

えええええええ・・・

 

こどものころ好きなものって、嘘偽りないんだと思います。

わたしはなんとか、偽って、(高校入学くらいから 失敗した場面も多くあったが)

なんとか

 

☆私の理想とする私☆

 

を形成してきたんだと思います。

 

でも、これを、がんばらなくても普通にやれちゃう人たちの中で、

がんばって無理やり形成しているわたしは、当然行きづらさを感じて、

数年がんばったところで勝手にリタイヤ、とんずらをこいてしまうわけです。

それをもう3サイクルくらい繰り返してきました。

 

 

「美奈子が好き」は嘘でもないが真実でもないのよ。

その姿で彼と接していたって、望む関係は手に入りませんよね。

 

でもどうやってこれから「ゾイサイトが好き」と表現して生きていけば良いのでしょうか。それをしては、☆私の理想とする私☆からはかけ離れていきます。

 

 

いや、いいのか・・・もうこんなブログをしている時点で、そもそもそんな事実に行き当たる時点で、☆私の理想とする私☆など蹴散らすことを決意しているのですから・・・。

 

 

 

 

 余談ですが、セーラー戦士たちに感情移入することはまず無かった。

なんとなく、「若い時は生きづらいけど、年を取ると生きやすくなる」構図な気がしませんか??涙

「ゆるく」生きていくことも大事だけどもさ?

 みんな、どれだけがんばって生きてきたんだろうと思う。嫌なことぜんぶやめる、好きなことだけする、言いたいことはわからないでもないけど、わたしには、当てはまらないところもあるんです。

 「さすがにそれはねーべ?」って思う。自分を鍛え上げなければいけない時もあるし、自分を磨くために日々精進しなきゃいけないこともある。よっぽど自分に厳しくしすぎてきた人たちだけが、全部をやめる権利があると思うんだよ。

 そしてそれに、私は該当せず・・・

 

☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 「あなたはそのままでいいのよ。」という母親の言葉が、めっちゃツライ。こんな経験のある方、いらっしゃいませんか。

 社会の中で、「あっ、失敗した!」とか「恥をかいて経験すべき事態」に陥ったときに、「いやいやいや、そのままで十分素敵よ」という毛布でまるごと包まれたら。視界は暗くなり、世間が自分の目で見られなくなります。

 私は守られている。自己肯定感のみが肥大化し、現実との差異が出来上がります。そして毛布を外してみれば、自分だけ成長していない、蚊帳の外、なのに自分を信頼する力だけはそのままで、周囲から見たら「年だけ重ねて成長できていない痛い人」なのです。

 

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フォト柴田さんに撮影していただいた写真を挿入してみました。(笑)

 

 

 いちおうわずかな違和感から引き剥がして現状把握はこの程度は出来ているのですけれども、その先をどう切り開いて自律・自立していくのかは自分でもまだわかりません。

 

 べつにぶん殴られまくって育ったとかご飯貰えなかったとか、わかりやすいことではないので、「なにがツラいんだろう」とご理解に苦しむ方もおられるかと思います。でも案外日本の中で苦しんでいる多くの層が、私程度の「おかしいのは自分のほうだ」と当然に感じてしまう呪いの中にいらっしゃるのではないでしょうか。

 

 ほんとうは誰もおかしくはなく、相性や理解における齟齬があっただけなのですけどね。

嘘をつくとものすごく安心する。

 ほんのちょっとしたことでも、仮にバレバレだったとしても、嘘をついて自分を守ると、とても人生がしっくりときて安心する。「嘘なく生きよう」と決めてから引きこもりがちとなった。(※仕事してます家で 笑)

 そもそも他人は私のことなど、どうでもよいわけなので、わたしが1つや2つ嘘をついて自分を保っていたところで何ら差し支えないのだから、社交としてのごまかしであればある程度使っても良いのでしょうね。ここで「他人に嘘をついたことで、ついつい自分まで騙せてしまった」場合、自分をしっかりと見れなくなるので問題なのだろう。

  他人に「午前中は、疲れてずっと寝ていました。ですから午後にお伺いします」としっかり本当のことなんて言う必要ないよね。言われた方だって逆に困るやろ。適当に社会的な理由つけてもらったほうが相手だって楽だし、世の中案外そういうふうにして、言わないだけでみんな生きているもんね。

 

 さてさて、きっと今日も、わたしが考えるべき本題は、「この部分」ではないことでしょう・・・。

  ☆ ☆ ☆ ☆ ☆

 

 人前に出るときは演技をする。だいたい年を取ってきたので、ふつうにしているだけで、お母さんとかおばあちゃんのような雰囲気がにじみ出る。だからそのまま、その場は行動する。でも日頃は、お母さんとかおばあちゃんの役割は別に本物がいて、私はこどもの役割をするしかない日々を選択しているので、本当の人生は、こどもでいるしかない。だから人前の私は演技の意識はない演技。

  無理やりこどもで居させられているわけではない。主流だなと感じている理論でいえば、わたしがまだまだこどもでいることを選択している。

 でもこれがとても、ツライ。だってもう本当は、こどもの年齢ではないからね。これほんとにツライ。でもどうやら、わたしが好きでやっているらしい。マゾです。オエー。

 

 それでもな、こうして駄文を自分に嘘なく書き綴ることは楽しいよ。誰が読んでくれているのかもわからないけれど、チョコチョコへなちょこと、アクセスがあるのも嬉しいよ。

 奇跡的に、わたしをわかって話をきいて助けてくれる人も出来たんだから、(彼氏じゃないけどな!笑)1人で潰れないで、なんとか人に話をして、自分を伝えて、生気を保っていきます。

 

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 ひきこもりがちな文章ばかりアップしているのだけれど、新幹線で仙台へ行って年下の友達とお芝居を見たりもしていた。この写真のあと、サンドイッチのお弁当(軽食)を食べたよ。

 肥大化した自己肯定感ばかりが先走る顔をしているよな。

 でも写真いれると、文字ばかりの黒い画面が緩和されるから良いかも。