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brance beansー痛い過去と新しい今へー

主人公ノブちゃんが痛い過去と向き合い今を創造していく過程です。本当は面倒くさい人間なのを、隠すのではなくて公開して向き合っていこうという企画です。

「好きなカップリングが幸せなら私も幸せ」の心理はどこから来るのか【も有】

 <前回までのあらすじ>
 「自分の好きなことを追究すべし」と自己啓発のお達しを経て、好きなことがわからなくなっていた私はどんどん過去へと遡っていった。ここで、久々なる胸のときめきを覚える中学生時代の志向が蘇った。それは・・・

 

 

 久々に胸がときめいてしかたなかったのは、20年くらい前にとても流行った『幽遊白書』という漫画の第11巻。アニメでいえば第55話と56話でした。

 

ぐわーーーかっこええ!!!!!涙目です。(第11巻より)

この人(鴉という敵キャラです)超好きやってん!!!

 

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 ちなみに幽白を知らない世代がついに社会人となっています。「あー、すみません知りません!」と申し訳なさそうに言われると、なんというか「いやいやいやこちらが本当にすみません。」という気持ちになるものです。

 

 

 特にアニメの56話は、事情は忘れたのですが、何かがあって、青森では一般に放送がされなかったと記憶しています。青森では、都会よりも1ヶ月くらい放送が遅れていて、とっても楽しみにしてたのですが・・・。

 

 いまのようにインターネットなどは栄えていない時代です。そのため、ケーブルテレビだか、なんだかを引いている友達に、この56話を貸してもらって観ました。すぐ返さなければいけなかったので、この56話は、「とっても観たかったのに、観られなかった話」つまり、「こどもである自分にはどうしようもない出来事」として記憶に残りました。

 

 そこでその淀んだ気持ちを取り払うべく、私は最近、この56話を、ネットで100回くらい繰り返して鑑賞しました。それもこれも、「あのころかなわなかったことは、大人になった今、簡単にかなうのだよ」と自分の潜在意識へ叩き込むためです。さらにあの頃は、ビデオを見ているときにお母さんが部屋に入ってくると気恥ずかしくなりビデオを別の地上波チャンネルに変えたりもしていたのですが、大人になった今はお母さんが部屋に入ってきてもザワつく心をそのままに鑑賞し続けてみました。こんなに感情が動くことなんて、ほかにあるでしょうか?

 

 いまのように『腐女子』という言葉はまだない時代。そしていまよりもオタクという人種はキャッチ―ではなく、「隠れてたしなむもの」という暗黙のルールがありました。でもここで言いたいのです。私はいわゆる『腐女子』ではなかったはずなのですよ、ということを。

 

 『腐女子』とは、何の脈絡もなく、好きな男性キャラクターどうしを掛け合わせてイメージをして楽しむことができるみんなの総称でしょう。私が中2のころに出会ったキャラクターは、原作の中でも、最初からそういうちょっと変わった人だったんですよ。私は原作に忠実に、その世界へいざなわれたただの中学2年生の女子だったんです。決して無理のある想像などは、しなかった・・・

 

 

 

 <以下、回想>

●蔵馬はみんなに愛されて(狙われて)いる

●飛影とか大人気だけど私はそんなに好きじゃねーな

●ぜったい鴉のほうが蔵馬とお似合いなのになんで飛影のほうが人気なのか

●ぜったい鴉のほうが蔵馬とお似合いすぎて胸が痛い

●てかこの二人はなんとかして幸せになれなかったのか

(絵の上手いお姉さま方の二次創作を手に取る)

●いまごろ結婚しているはずだ

 

 

 多少は無理があったことを素直に認めてここに謝罪致します。すみませんでした。

 

 そしてこの「二次元のカップリングに幸せを投影する」ところまで、私はさかのぼらなければ、「好きという感覚を素直に思い出す」ことができませんでした。このなんともいえない黒歴史を掘り下げた状況を無駄にしないためにも、さらにここから、「では、自分はどのようなパートナーシップを理想としているのか」までしっかりと見つめていきます。

 

 読んで下さりありがとうございました。

 

 ながお のぶこ