”どうしてこの世には男なんているんだろう?”
男なんていなければ人類は繁栄せずに済んだ。あんな空気も読めない、頭も悪い生き物この世にいなければどんなに楽だろう。
男なんてすべて騙して生きてやる。自分に出来ることはそれだけだ。あんな阿呆どもぶっ殺してやる。そのために私は可愛くもするしおしゃれもするしキレイにもする。それもこれもあいつらを騙すだめだ。
女ばかりの世界なら、男を巡った争いは少なくとも無くなるし、穏やか嫋かで、どんなに理想的であろうか。あんなやつらがいなければ、この世は平和だったのに。
夕焼けの栩原銀座はくるみの出勤の時間だった。1人暮らしの家からは、徒歩で10分、電車で1分。この道をオシャレして出勤するのが好きだ。働いている、という気持になる。勤務3ヶ月目となる今月は、皆勤賞と同伴賞の2つの賞をにもらった。くるみは自信をつけていた。オリジン弁当のアルバイトを1日で辞めた私だが、適正のある仕事であればこんなにも働けるのだ、と。
店に早めに到着して、カランというベルの音をたてながら重めのドアを押し開けると、視界の真向かい40メートルほど先の客席に座りひとみちゃんが細い背中でさめざめと泣いていた。横には店長がいる。私が思ったよりも早く出勤したことが想定外だったのだろう、男である店長は女の私からみれば、とてもわかりやすく目を丸くして彼女の側から離れカウンターの奥へ入っていった。勤務開始前の彼はまだネクタイをつけておらず、ワイシャツのボタンも上から3番目くらいまで外していてとてもセクシーだ。
「ひとみちゃん、どうしたの」
義務的に声はかけるが内心面倒だなと思っているのが滲みでないように、くるみは極力優しい声色を出したつもりだった。当然ひとみちゃんは、困ったような笑顔でこう答える。
「ううん、なんでもないよ。」
酒は好きだった。いくらでも飲めるし、吐くことも少なかった。酒は考えすぎる彼女の強い味方だった。地に足がついているくるみを適度に楽にさせてくれる酒は、仕事においても最高のパートナー。天職だ、彼女は狭い田舎と小さな頭でそう考えた。
男たちを騙す女の自分が可愛くて好きで仕方がない。若い肉体と顔はまるでお人形のようだし、鏡に映るとうっとりする。モデル体型などではないが、日本人受けする外観だとくるみは自分で思っていた。自分自身を愛している人間というのは、その認識が他者から見て正解であり不正解であり、根拠もなくそれなりに人気を博するものだ。
くるみがこの、神奈川の田舎にあるキャバクラ『ステップアップ』に面接にきたのは、約4ヶ月前。大学3年生である彼女は一人暮らしも3年目であった。2000年始めの世相として、「壊れていくもの」が多く感じられた。